はじめに──「売上」ではなく「利益」で広告を評価する時代へ
Yahoo!ショッピングで売上拡大を目指すなら、広告活用は必須です。ただし、現場では以下のような悩みをよく耳にします。
「広告を出しているのに思うように利益が出ない」 「どの指標を見て改善すべきか、判断基準がない」
単に広告費を投じるだけでは、成長には繋がりません。成果を数値で正確に把握し、その数値を基準に効率的・効果的に運用することが前提となります。
本記事では、以下のポイントを解説します。
- ROASとは何か、どのように計算するのか
- なぜROASだけでは判断が危険なのか
- 粗利率と組み合わせて「目標ROAS」をどう設定するか
- Yahoo!ショッピング広告でROASを実際に改善する具体策
私たちは15年以上のネット通販事業経験を持ち、業界大手のEC部門で責任者を務めてきました。その実務の中で、ROASという数字に一喜一憂し、結果として利益が出ていなかったケースを数多く見てきました。そうした失敗事例と成功体験を踏まえて、この記事をお届けします。
※本記事に掲載している事例は、クライアントの特定を防ぐため、一部の数値や条件などを変更しております。
1. ROASとは?広告投資の「回収率」を測る最重要指標
1-1. ROASの定義と計算式
ROAS(Return On Advertising Spend)は、日本語では「広告費用対効果」または「広告費用回収率」と表現されます。投じた広告費に対して、どれだけの売上を上げることができたかを示す指標です。広告がどれだけ効率よく売上を生み出しているかを評価する際の、最も基本的な数値と言えるでしょう。
計算式は非常にシンプルです。
ROAS(%)=(広告経由の売上 ÷ 広告費)× 100
具体的な例で見てみます。
例:広告費が50万円で、売上が100万円だった場合 (100万円 ÷ 50万円) × 100 = 200%
この「200%」という数字は、投じた広告費の2倍の売上を獲得できた、という意味になります。一見すると非常に良好な数値に見えるかもしれません。
しかし、ここが肝心な点です。このROASの数字だけで広告運用の成否を判断するのは、実は非常に危険です。なぜかについては、次のセクションで詳しく解説します。
1-2. ROASとCPA・CVRの関係を押さえる
ROASを理解する上で、関連する他の指標も把握しておくと、より多角的な分析が可能になります。
CPA(Cost Per Acquisition / Cost Per Action:顧客獲得単価)
- 1件のコンバージョン(購入や問い合わせなど)を獲得するためにかかった広告費用
- 計算式:CPA = 広告費 ÷ コンバージョン数
- CPAが低いほど、効率的に顧客を獲得できていることになります
CVR(Conversion Rate:コンバージョン率)
- 広告がクリックされた回数のうち、コンバージョンに至った割合
- 計算式:CVR(%)=(コンバージョン数 ÷ クリック数)× 100
- CVRが高いほど、広告やランディングページ(商品ページ)の質が高いと言えます
ここで重要なのは、ROASは売上ベースの指標であるのに対し、CPAは獲得件数ベースの指標だという点です。これらを組み合わせて分析することで、広告運用の全体像をより深く理解し、改善策を見つけることができます。
たとえば、ROASが高くてもCPAが高すぎる場合、購入単価が高い商品ばかりが売れている可能性が考えられます。私たちが高級アパレルブランドの広告運用を担当した際、ROASは300%を超えていたのですが、CVRが2%程度と極めて低かった経験があります。その原因は、商品ページの購買ハードルの高さにあり、ページ改善で大きく改善できました。つまり、ROASだけ追いかけるのではなく、CPAやCVRも同時に観察することが実務的には重要なのです。
2. ROASが高くても「黒字ではない」ことがある理由
2-1. 粗利率を加味した利益計算
ここが、ROASを理解する上で最も重要なポイントです。
広告経由の売上から、単に広告費を差し引くだけでは、真の利益は分かりません。必ず粗利率(売上に対する粗利の割合)を加味して計算する必要があります。
具体的なケースで考えてみましょう。
広告費:50万円
広告経由の売上:100万円
粗利率:30%
(つまり、売上100万円に対する粗利は100万円 × 30% = 30万円)
この場合、粗利30万円から広告費50万円を差し引くと、実質は20万円の赤字となります。ROASが200%と一見良好な数字でも、利益構造によっては大きな損失を出している可能性があるのです。
これは、私たちが化粧品ブランドの広告運用で実際に直面した問題でもあります。キャンペーン初期段階で「ROASが250%に達した」と喜んでいたのですが、詳細に利益を計算すると、原価・送料・梱包費を考慮すると利益率は5%程度。つまり、売上が100万円でも利益は5万円に過ぎず、広告費50万円を考慮すると実は45万円の赤字だったのです。この教訓を学ぶまでは、ROASという数字に惑わされていました。
2-2. なぜROASだけでは判断してはいけないのか
ROASは売上の効率性を示す優れた指標ですが、それ単体ではビジネスの健全性を測るには不十分です。その理由をいくつか列挙します。
利益率を考慮しない: 最も重要な点です。利益率が低い商品は、高いROASを達成しても利益に繋がりにくい。
その他のコストを考慮しない: 商品の原価や仕入れ費用、梱包費、送料、人件費、事務所の維持費など、広告費以外のコストはROASの計算には含まれません。これらの費用も考慮しないと、正確な利益は見えてきません。
LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を考慮しない: 広告で新規顧客を獲得した場合、その顧客が将来にわたってどれだけの利益をもたらすか(リピート購入など)はROASだけでは分かりません。長期的な視点での顧客育成も重要です。
現実的には、ROASの高さと利益の有無は必ずしも一致しません。むしろ、「この広告でいくら利益が残るのか」という問い立てから逆算して、目標ROASを設定すべきなのです。
3. 粗利率から逆算して「目標ROAS」を決める
3-1. 損益分岐点となるROASの考え方
では、具体的にどのくらいのROASを目指せば、広告運用で利益を確保できるのでしょうか。これは、取り扱う商品の粗利率によって大きく異なります。
広告で利益を出すためには、広告費を投じても、少なくとも広告経由で得られた売上から発生する粗利が、広告費を上回る必要があります。この「粗利 = 広告費」となる点が損益分岐点です。
損益分岐点となるROASの計算式は以下の通りです。
損益分岐点ROAS(%)= 100 ÷ 粗利率(%)
この公式に、主要な粗利率をあてはめると、以下のようになります。
| 粗利率 | 損益分岐点となるROAS |
| 20% | 500%以上 |
| 30% | 333%以上 |
| 40% | 250%以上 |
| 50% | 200%以上 |
見て分かる通り、粗利率が低い商品ほど、損益分岐点となるROASが高くなります。言い換えれば、薄利商品を広告で売るには、それなりに高いROASを達成しないと赤字になるということです。
この表は、自社で取り扱う商品の粗利率を正確に把握し、それに基づいて目標ROASを設定するための出発点になります。多くの広告運用担当者が「ROASの目標は200%」といった一律の基準を持っていますが、これは危険です。自社の粗利率を知らないということは、羅針盤なしで航海に出ているようなものなのです。
3-2. 具体例で確認するROASと利益の関係
では、実際の事例で確認してみましょう。
例:商品価格1,000円の場合
- 商品価格:1,000円
- 原価:500円(粗利率50%)
- 広告費:300円
このケースのROASを計算すると: ROAS = (1,000円 ÷ 300円) × 100 = 333%
粗利率が50%の場合、損益分岐点となるROASは200%です。このケースではROASが333%なので、広告費300円を支払っても、商品価格1,000円から原価500円と広告費300円を差し引くと、1,000 – 500 – 300 = 200円の利益が出ていることになります。この場合は黒字です。
しかし、もし粗利率が30%の商品で、同じく広告費300円を使った場合はどうでしょう。
粗利率30%の場合:
- 損益分岐点となるROASは333%
- 同じROAS 333%では、利益はゼロ(トントン)
この状態でより多くの利益を確保したければ、ROASは400~500%以上を目指す必要があります。つまり、同じ広告費でも、粗利率が低い商品はより高いROASを達成しなければ利益が出ない、ということが分かります。
私たちが日用雑貨を扱うクライアントの広告運用をした際、粗利率が20%という商品がありました。損益分岐点ROASは500%です。つまり、1万円の広告費を使っても、5万円以上の売上がなければ赤字。実際に500%のROASを達成することは、ほぼ不可能です。そこで判断したのが、「この商品は広告で売るのではなく、自然検索やランキングページでの露出に頼るべき」という戦略転換でした。つまり、ROASの考え方を知ることで、どの商品に広告を投下すべきか、という根本的な判断ができるようになるのです。
4. Yahoo!ショッピングでROASを改善するための実践ポイント
目標ROASを設定したら、次はそれを達成し、さらに超えるための具体的な施策を実行に移す番です。Yahoo!ショッピング内広告、特にストアマッチ広告(アイテムマッチ)などの機能を最大限に活用することで、広告効果を効率的に高めることができます。
4-1. 広告予算を「利益が出る商品」に集中投下する
限られた広告予算を最大限に活用するためには、漫然と投下するのではなく、戦略的に配分することが重要です。
重点配分すべき商品:
- 利益率の高い商品
- 販売実績があり、CVRが高い商品
- 新規顧客獲得のフックとなる戦略商品
これらの商品に対しては、入札単価を厚めに設定することで、競合に打ち勝ち、露出を増やすことを目指します。
パフォーマンスが低い商品への対応:
- ROASが目標を下回る商品や、クリックはされるものの購入に繋がらない商品は、入札単価を下げたり、露出を控えめに調整したりして様子を見る
- 場合によっては、一旦広告を停止し、商品ページの内容改善や価格の見直しを行ってから、再度出稿を検討することも必要
ここで注意すべき点は、「テストと学習」のマインドセットです。ペット用品を扱うクライアントでは、初期段階で複数の商品に広告費を均等配分していました。しかし3ヶ月のデータを見ると、ある特定のカテゴリ(特に季節の変わり目に売れる商品)がROAS500%を超えていたのに対し、別のカテゴリはROAS100%以下。単に「ROASが低い=広告を減らす」のではなく、なぜROASに差があるのか、その理由を探ることが大切です。商品ページのクオリティ、説明文の分かりやすさ、在庫表示など、改善できる要因がないか検討してから判断すべきなのです。
4-2. レポート分析と「見える化」でムダ打ちを減らす
広告運用は「PDCAサイクル」を回すことが非常に重要です。そのためには、広告データを定期的に分析し、改善点を見つけ出す習慣をつけましょう。
Yahoo!ショッピングのレポート活用:
Yahoo!ショッピングの広告管理画面で提供される「アイテムマッチ レポート」等を活用し、以下の項目を詳細に確認します。
- 商品別のROAS、クリック数、コンバージョン数
- キーワード別のパフォーマンス
特にROASが高い商品やキーワードを特定し、それらに対する予算や入札をさらに強化することで、効率を向上させます。一方、ROASが低い、あるいは全くコンバージョンが発生しないキーワード・商品は、除外キーワードとして設定するか、入札単価を大幅に下げるなどの対応が必要です。
検索クエリレポートの活用:
実際にユーザーが検索したキーワード(検索クエリ)を確認し、想定外のキーワードでクリックが発生していないか、あるいは新しい「お宝キーワード」が隠れていないかを常にチェックしましょう。不適切な検索クエリからの流入は、無駄な広告費の典型です。
食品(仕出しサービス)を扱うクライアントの例では、「〇〇駅 弁当」というキーワードで広告が出ていたのに対し、実際の検索ボリュームは「〇〇駅 仕出し」の方が多かったことが判明しました。キーワード設定を調整することで、CVRが20%向上したケースもあります。このように、細かなデータを読み込むことが、実は大きな改善に繋がるのです。
4-3. クリエイティブと商品ページを揃えてCVRを底上げする
ROAS改善には「クリック後の成約率」も重要です。優れた広告文があっても、商品ページがそれに応えていなければ、CVRは伸びません。
広告側のポイント:
複数パターンの広告文でA/Bテストを実施し、クリック率(CTR)やコンバージョン率(CVR)が高い広告文を見つけ出しましょう。特典、限定性、緊急性などの要素を効果的に盛り込むことで、ユーザーの購買意欲を刺激できます。
例えば、「今だけ◯%OFF」「初回限定特典付き」といった表現は、データとしても成果が出やすいです。ただし、ここで陥りやすい罠があります。広告テキストで強気に「限定」と謳いながら、在庫が潤沢にあって商品ページに限定感がない場合、ユーザーは違和感を感じます。その結果、直帰率が上がり、CVRが低下します。
商品画像の最適化:
広告に表示される画像は、ユーザーの目に留まる第一の要素です。高解像度で商品の魅力が最大限に伝わる画像を選定しましょう。複数枚の画像で商品の多様な側面(使用シーン、サイズ感、細部など)を伝えることで、クリック後の期待感を高めます。
アパレルの運用では、モデル着用写真に加えて、寸法図や素材感が分かるディテール写真を組み合わせることで、CVRが15%向上した例があります。これは「予期されたのと違った」という離脱を減らすためです。
商品ページの一貫性と訴求力の強化:
広告で訴求した内容(特典、特徴など)が、商品ページでも明確に、そして同じトーンで表現されているかを確認しましょう。購入の決め手となる情報を分かりやすく配置し、購入までの導線をスムーズにすることで、ユーザーの離脱を防ぎ、コンバージョン率を向上させます。
これらの最適化を積み重ねることで、同じ広告予算であっても、より多くの売上、そして最終的な利益の向上が期待できます。
まとめ──ROASを「羅針盤」にした利益重視の広告運用へ
Yahoo!ショッピングでの広告運用を成功させるためには、単に売上を増やすだけでなく、いかにして「利益」を最大化するかという視点が不可欠です。そこで中心となるのが、本記事で解説したROASという指標です。
ROASを正しく理解し、これを軸として広告戦略を組み立てることで、以下のようなメリットが得られます:
- 広告投資の費用対効果を定量的に評価できる
- 商品ごとの粗利率に応じた適切な目標設定が可能になる
- 無駄な広告費の発生を抑え、コストと収益のバランスを最適化できる
- データに基づいた意思決定で、効率的な広告運用を実現できる
ただし、ここで重要な警告があります。ROASはあくまで「指標の一つ」に過ぎません。ROASが高いことが常に正解ではなく、CPA、CVR、LTVも合わせて見ることで、初めて全体像が見えてくるのです。
さらに現実的には、市場環境、競合の動向、そして顧客のニーズは常に変化しています。定期的にROASをはじめとする各種指標を分析し、改善策を講じる「PDCAサイクル」を回し続けることが、長期的な成功への鍵となります。
実務でやるべきこと:
- 商品ごとの粗利率と損益分岐点ROASを把握する
- ROASを基準に広告配分を見直す
- レポート分析とクリエイティブ改善のPDCAを回し続ける
Yahoo!ショッピング広告初心者の方も、今回紹介したステップと実践ポイントを参考に、ROASを羅針盤とした利益重視の広告運用をぜひ始めてみてください。ただし、自力での運用に不安がある場合や、「見よう見まねでやっているが、なかなか思うように改善できない」「もっと専門的なアドバイスが欲しい」といったお悩みがあれば、ECモール運用のプロフェッショナルへのご相談も一つの選択肢です。15年以上のEC運営経験と、実務に基づいたデータドリブンなアプローチで、貴社のビジネスをさらに発展させるための最適なソリューションをご提案できます。
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